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母の死が、僕を漫画家にした。

「なぜ漫画家になったの?」

漫画家になってから一番頂いた質問かもしれません。

僕の創作の原点はドラゴンボール。僕もこんな風にカッコよく絵が描きたい!と思ったことが絵を描くきっかけなので、「漫画が僕の絵の原点だから」で答えとしては合ってるのですが、

僕をよく知る人は、

でもそれだけで付属校受験を蹴って美大に進学したり
8年務めた食品メーカーのデザイナーを辞めて漫画家一本にしたり
マチネの漫画版を1ヶ月半自宅に引きこもってオールカラー200ページ描いたりできる?と、僕の狂気について追い討ちの質問をいただきます。笑

僕の行動は、「好き」というだけではどうも説明しにくさがあり、理解しがたいのかもしれません。

”過去”と”今”を繋ぐ原体験

僕は、自分のやりたいことを徹底的に追求して生きていきたいという思いがあります。その理由は、

中学生の時、母が亡くなったこと。

僕という人間の生き方が変わってしまった出来事。以前参加していたコルクラボ漫画専科の課題として、そのときのことを漫画にしています。

人はいつ死ぬかわからない。
という当たり前なことを、家族全員がある日突然、実感しました。

母が突然いなくなった我が家は、大混乱。調味料や換えのシャンプーの場所すらわからず、明日からどう生きるのか父も姉も僕も、わからなくなりました。

この時家族でいつになくまじめな家族会議をしたことを覚えています。自分の生きたいように生きようねと。

当初は僕は漫画のような無気力状態が続いていましたが、自分のやりたいことを考えた時、絵を描くこと以外はやはり考えられず、仕事にして生きていきたいと思うようになりました。そして、付属高校に入ってしばらくして、はじめに起こした行動が、美大受験のための予備校へ体験入学に行ったことでした。

僕の行動の裏には母の死によって強く実感した「人はいつ死ぬかわからない」という事実があります。

ちなみにこの漫画は、過去の自分に何を言ってあげられるか?を考えて描いたつづきがあります。

本当はデザイナーにもなれたし、漫画家になれたぞ〜〜〜って、クソ生意気な中学生の自分に自慢してやりたいんだべ。

いつ死ぬかわからないというのは今も昔もずっと思い続けていること。

後悔しないよう生きて、死ねるようになりたい。
それまでに感謝して、これからを楽しく生きる。
好きなことを追求し、夢を追いつづけ、叶える人間でありたい。

だから自分に正直な破天荒な選択ができたのだと思います。


未来は常に過去を変えている

漫画「マチネの終わりに」を現在連載中です。

編集者の佐渡島さんにはじめて会った時に描いてみないかと勧めていただいた平野啓一郎さん原作の恋愛小説です。
読んでみると、大切な人の存在の尊さと儚さを描いた作品で、描きたいと強く思いました。

特に僕が好きなのは、作中でも大切な言葉となる「未来は過去を変えている」。


親が死んだという悲しい過去でなく、それをきっかけに夢を叶えたという過去に変えるため、良い未来を作っていきたい。

親の死をあまりたくさん喋りたいわけではないけど、
僕がなぜ漫画家になりたいと思うのか聞かれた時には
原体験としてこの話をしようと思います。

今も僕の原動力になっている、母に心から感謝しています。

ーーーおまけーーー

先日中田敦彦さんの2ndYouTubeにて、「ブランドを構成する7要素」というのを知り、作家にも通じるものがあると思ったので上記の話を元に埋めてみました。

①物語
:作家自身のストーリー。(なぜ漫画を描いているのか。)
中学時代に母が急逝。人はいつ死ぬかわからないと実感し
夢を追い、叶える人生にしたいと決意したから。

②信条
:作家としての理念。(何を漫画で描きたいのか)
大切な人との出会い。絆。別れ。つながりの脆さ、儚さを描きたい。

③大義
:みんなにとって、どう良いか(読者に何を感じてもらいたいか)
身近な愛する人を、大切にしてほしい。
いつ死ぬか、いつ別れるか、わからないから。

④敵
:自分の主義とは逆にあるもの。何を倒したいか、何を変えたいか
愛情を蔑ろにする人。人を蔑ろにしていた過去の自分。

ーーー以下は、作品の中やこれから企画していきたいものーーー

⑤象徴
:作家を象徴するもの。(マーク、アイコン、キャラクターなど)

⑥儀式
:定期的な接触機会。(連載・ツイッター企画・インスタライブなど)

⑦用語
:作品内、ファンの間で通じる固有名詞、専門用語、暗号など。


これらを埋めて、しっかりと伝わる作品を描いていきたいです。
まずはマチネの終わりにを4月までに完結し、「上下線のふたり」のリメイクをがんばります。

僕自身がどんな漫画家になりたいか。ということは常に考えてNoteでもお知らせできればと思います。

ぜひ、引き続きホリプーを見守ってくだされば幸いです!


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美大卒業後、アイスのパッケージデザイナーとして8年務め、漫画家に転身。ホリプーは小学校からのあだ名。絵柄のわりにクマみたいな男です。|連載中▶︎『#マチネの終わりに』(原作:平野啓一郎)https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/561306
コメント (4)
お母さんは、最後にかけがえのないものをおいてゆかれたのですね。
私は4年前に父が亡くなりましたが、残された 母と妹の事。現在の私の家庭。その下、、1番下に自分がいるようなイメージで
本当に何がやりたいの?が今 わからなくなってる自分がいます。なんていうか 父の亡くなり方が切なかったです。
私の母もくも膜下失血で倒れたが一命を取りとめた?!しかしながら、20年間生きているだけの寝たきり患者として過ごし他界した!私も同じ遺伝的形質か脳梗塞を起こし
生活保護受給者として駄文を投稿し暮らしている!過去に行けたら、彼女が寝たきりに
成る原因としての血液凝固阻害剤投与遅れを自身の責任で投与したい?!同じ系統の薬の投与とその副作用【腎臓疾患】を巡って、今、クリニックで投与⇒採血⇒別処方⇒採血と嫌な状態に落ちている???
同じように、11年前に父が脳幹出血でその後は、寝たきりです。

僕にとっても過去と今をつなぐ経験はあの日に、病室で横たわった父を何度もさすって起こそうとしたことかもしれないな、と思い出しました。

15才の自分は、何もわからず、病床の父の体を揺らすと、バイタルが「ピクッ」と動くのでそれを繰り返していました。父が起きてくると信じて。

しばらくすると、お医者さんに「それはお父さんではなく、君が揺らしている振動が、バイタルを上下させているんだよ」と言われ、「ああ、意味がないのか」と気がつき、自分の無力さと、受け入れられない現実と直面した記憶があります。

悲しい過去ですが、それがなければ自分の今はないと思うし、日々あの時の経験の意味は変わっているなと思います。このノートを読んでも、少しそれが変わったような気がします。

ありがとうございました。
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